目指すもの

母から子へ受け継がれる伝統文化

 「ノクシカタ」は、バングラデシュの西部に古くから伝わる伝統的な刺しゅう技法です。私たちの村でも、民族衣装のサリーが古くなると、何枚か重ね合わせて全面に刺し子を施して布を生まれ変わらせてきました。娘が結婚する時に、嫁入り道具として母が刺した「ノクシカタ」を持っていく風習もあって、母から娘へ代々受け継がれてきたものです。

布一面に刺し子をする作業は、とても時間がかかる仕事ですが、家事や育児の合間に近所の女性たちと井戸端会議をしながら刺しゅうを刺す時間は、楽しい時間でもあります。

刺しゅうの作業は、一見単純作業の繰り返しのようですが、少しでも美しいものを作りたいという思いで、身近な自然や村の風景、結婚式の思い出、神様や空想の動物など、さまざまな祈りが込めて針を進めています。

刺しゅうを通した女性の生活向上

以前は一家の収入は主人である男性が握っていて、女性が自由になるお金を持つことはほとんどありませんでした。しかし自分で自由に使えるお金があると、生活向上や子どもの教育のための小さな支出は、夫にいちいち相談しなくても自分で決めることができます。

生産者の中には、経済的に厳しい家庭を頼らずに、自分で学校の授業料を払うために刺しゅうをしている高校生もいます。最近は工場などに働きに行く女性たちもだんだん増えてきていますが、遠くに出かける必要もなく、忙しい家事や育児の合間に村の中でできる刺しゅうの仕事は、私たちにとって無理なくできてとても助かります。

最初のうちは、収入を得るために刺しゅうをすることに反対していた夫たちも、少しずつ理解してくれるようになりました。

 これまでの活動、そして今

1983年当時、シャシャ郡の農村で活動していた青年海外協力隊員たちの提案で、村の女性たち16名が、ダッカに刺しゅうのトレーニングを受けに出かけました。女性が村から外にでることさえ難しかった当時、夫や家族を説得して泊りがけではるか遠い首都ダッカまでトレーニングに行くことはとても勇気のいることですし、たいへんな苦労だったと思います。彼女たちのおかげで製品としてのノクシカタ刺しゅうがこの地域に定着するきっかけになりました。

 

その後JBCEAに引き継いで、刺しゅうの技術をはじめ品質や納期の管理など、必要なトレーニングを継続的に行っています。一方、生産者を支える現地事務所も、少しずつ体制を整えてきました。以前は外部のミシン職人に委託をしていた縫製も、縫製スタッフを雇用して組織内にH&T(ハンディクラフト&テイラーリング)部門をつくることで、より品質の高い製品を少ない経費で生産できるようになりました。現地事務所にはマネージャー、デザイナー、縫製担当、フィニッシング担当がいて、進捗状況に気を配りながら、材料の購入、図案の転写作業、洗濯やアイロンなどの仕上げなど、さまざまな業務を行っています。

 

現在8つの生産者グループがあって、120名の生産者がいます。それぞれのグループリーダーが、事務所と綿密な連絡を取り合いながら材料の調達や納品などをとりまとめ、生産者たちもグループリーダーを中心に互いに連携して助け合っていて、仲間の誰かが不慮の事故や病気などで刺しゅうができない時は、村を越えてみんなで協力しあって作品を作ることもあります。

 今後の課題

収入のためと割り切って刺しゅうをしている生産者もいますが、できれば刺しゅうを手に取った人が本当に喜んでもらえるような、きれいで丁寧な仕事をこれからも続けていきたいと思います。そのためには、デザインや色彩の勉強も少しずつしていかなければいけません。

新しい販路を開拓していくことも大きな目標です。これまでは日本の支援者の方々に支えられて続けてきましたが、より多くの人にノクシカタの良さを伝えていきたいと思います。

遠くに出かけなくても、ノクシカタを通じて世界中の人たちとつながっていると実感できることは、私たちにとっても素晴らしい経験ですし、古くから地域に伝わる刺しゅうをすることに誇りを感じています。これからもノクシカタを通じて、多くの方々にバングラデシュや私たちの暮らしについて関心を持ってもらえたら嬉しいです。